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コーネンキ花子 ゆるゆる子育ての日々

2人合わせて100歳の夫婦にも、中1の太郎と小3の次郎は容赦なく…共働きしながらの子育ての日々、プラスアルファ…。「1日1エッセイ」を目指して書いています。
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母の日の怪 その3

耳に残る、女性の声を振り払い、
気を取り直して買い物を続ける。

いつもは冷蔵庫の中身をチェックしてから買い物に出るの
だが、この日は忘れてきたので、

再度、生鮮食品売り場をチェック。毎朝食べるリンゴは
もう1個買っておいた方がよかったかなと思いながら、

1つ178円もして、しかも、そうきれいでないリンゴを
ここで4つも買うのもなあ、と、ためらっていると、

初夏らしい、白いレースのカーディガンをもまとった
三十代と思われる女性がすっと横に立ち、

売り場に4つ残っていた、宮崎産マンゴーを手にして
選び始めた。

ご存知のとおり、宮崎産のマンゴーは高級品である。

同じその日、コープの注文書をながめていて、

タイ産マンゴーが399円なのに、宮崎産がなんと
2980円もするのに度肝を抜かれたところだった。

タイ産の方がグラム数が多いにもかかわらず、である。

スーパーのマンゴーの値段は、と見ると、
やはり同じ2980円なのだった。

それを、女性は涼しい顔で選ぶと、なんと2つ両手に持ち、
そのまま軽やかな足取りでレジに向かった。

こんなの2つも買う人、いるんだあ。
2つだと6000円だよ。お釣りがたったの40円だよ。

女性のお母さんの好物なのかもね、母の日だし、
とも思ってみたが、

1つ178円のりんごをもう1個買い足すかどうか迷っていた
自分が、なんだかすごくしみったれに思えた。

思い切って(?)4つ買い、レジに並んだが、
かごいっぱいの買い物は、しめて2千円とちょっと。

買えるのよ、私にだって。2980円のマンゴー。だけど、
買わない。いや、やっぱり買えない、298円のレタスも。

つくづく、お金と時間の使い方は、
その人をあらわすものだと思う。

いつものように買い物を済ませ、いつものような夕食作り。
夫と太郎と次郎も、いつものように食べる。

義母と母には、ちょっと変わった品種のカーネーションの
鉢植えを送っていたが、

「ねえ。今日って母の日だったよね?」と家族に尋ねても、
「ああ、うん」という返事が、あったりなかったり。

その日アートクラフトフェアで買った、ガラスの一輪挿しに
飾られるカーネーションは、幻に終わった。

まあね。母のありがたみなんて
気づかないうちが幸せなんだろうけどね。

一輪挿しは、太郎次郎のリビング野球の被害に遭わないよう
今も棚の奥に避難中である。

日の目を見るのは、いつのことになるかしらん。
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母の日の怪 その2

母の日。いったん帰宅して、洗濯物の片付けと、私が担当
する掃除をすませ、夕方、スーパーに買い物に出かけた。

いつものように、野菜売り場から物色していると、
何やら騒々しい音が聞こえてきた。

よく聞けば、「音」ではなく「声」のようである。

60代くらいで、少し貫禄のある体型。
ひらひらのスカートをはいていて、わりとおしゃれ。

振り向けば、そんな女性が、カートを押しながら
ケータイ片手に大声で叫んでいるのだ。

「もう! ほんまにあんたはいっつもいっつもそうやって
おんなじことばっかりゆうて!!」

吐き捨てるように言う。ものすごい剣幕である。

言いながら、もう片方の手は、見切り品のメロンやら
何やらをどんどんかごに入れていく。

静かに買い物をしたい私は、女性を避けるのだが、怒りな
がらぎゅんぎゅんと移動する女性は、気づけばそばにいる。

「ほんまに! 私がいっつもどんな気持ちで!・・・」云々と
たまに恨み節も入るのだが。

また、「ほーんまにあんたはいっつもいっつもおんなじこと
ばっかりゆうて!」女性の怒りはそこにたどり着く。

近しい人、例えば娘か息子の度重なる甘えへの怒りだろうか。
10回以上はそのフレーズを聞いただろう。

「同じことばっかり言っているのはそっちでしょ?」と心の
中で思わず突っ込むが、冷静に聞き流すことができない。

だんだん胃が痛くなるし、腹が立ってくる。
神経をかき乱される。女性への怒りまでわいてくる。

狭い店内を、叫びながら移動しないでよお。

怒気を含んだ言葉というのは、それだけでものすごい毒を
発するのだということを改めて思った。

言葉の内容だけでなく、トーン、声の大きさ、言うときの表情。
それらが周りの人に与えるものって、けっこう大きい。

女性はレジの前でケータイを切り、何食わぬ顔で列に並んだ。

そうすると、もうただの上品なおばさんなのである。
そのことがまた、とても不気味だった。

ほとんど無言で、無表情で買い物をする多くの女性たちの
心にも、実は様々な思いが息づいているに違いない。
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母の日の怪 その1

3月末の、京都旅行の話が書きかけのままなのですが、
少し違う話を書かせてください。

母の日だった昨日は、ひとりで、お城近くの公園で開かれた
アート・クラフト展へ。

会場で、学童保育所で一緒の3家族とばったり。
もちろんみんな家族連れ。

だが、我が家のマイペースな男たちは、当然のように
「おうちでのんびりコース」を選択。

単独行動が嫌いではない私は、こうして一人で気ままに動ける
時間を、母の日にプレゼントされたのだと思うことにした。

秋と冬のアート展に出品する作品作りも行う、うちの職場。
仕事も兼ねて出かけたのだが、

お城周辺の新緑のみずみずしさと
手間隙かけられた工芸品の美しさに心を洗われた。

こまかな気泡の入ったクリアなガラスの一輪挿しをゲット。

スタンド式の、ヒノキ製の長い靴べらを買いたいと思い、
夫に電話で相談したが、案の定、反対にあった。

我が家には、次郎がシールを張りまくった、青いプラス
チック製の靴べらしかなくて、来客時に恥ずかしいのだが、

確かに、今購入しても、太郎と次郎の野球のバットとして
使われかねない。もう数年待ってもいいかも。

駅周辺で用事を2つ済ませ、百貨店のトイレを借りて
化粧直しを、と、パウダールームをのぞいて驚いた。

満席なのだ。

手洗い所・洗面所から独立したパウダールームも、
ここまで定着したのね、と、感慨深く見回していると、

実際に化粧直しをしている人は半数ぐらい。

あとは、鏡の前の椅子に沈み込むように座り、
疲れ切った様子で目を閉じている中高年の女性たち。

何のことはない。パウダールームは、
無料の休憩所と化していたのである。

これっていつもの光景なのか?

それとも、たまたま母の日だったため、家族に「プレゼントを
買ってあげる」と連れ出された末の風景か?

年に数回しか、百貨店を訪れない私にはわからないが、

ものすごいスピードで進む女性の高齢化を
目の当たりにした気がした母の日であった。

この日にはあと2つ、怪事件があった。
次回もそれらを紹介したい。
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しばらくお休みします

とっても中途半端な「旅の途中」ですが、
仕事が超多忙で混乱を極め、

体力気力ともに限界に近く、
しばらくお休みさせていただきます(多分)。

パソコンの不具合か、サイトの不具合か、

ブログの「マイページ」から見るブログは、
5つ前の記事から更新されていなくて、

いただいたコメントのお返事もできていませんが、
どうぞお許しください。

もしかしたら次の記事は、
ブログのお引越しのお知らせかもしれません。
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京都3人旅 その2

宿を出て、いよいよ京の街へ。
ここからはやはり、道を尋ねながらの旅になった。

まず、特に外国人観光客の人気抜群で、
朝ならすいていると聞いた金閣寺へ。

降りるバス停は宿で聞いていたが、車内で話が弾んだ隣の
お客さんから、ひとつ手前で降りたほうがいいと聞き、

京都バスを降りて、市バスに乗り換え。乗っているバスが
いったん車庫に入ったりするので、次郎はきょろきょろ。

午前中でも、やはり金閣寺はすごい人出。だけど
三千院同様、どうして苔むす庭はこうも落ち着くのだろう。

これまで四条河原町駅を拠点に観光をしていた私は、
銀閣寺、清水寺界隈にはよく出かけたが、

金閣寺は初めて。てっぺんの金の鳳凰がまぶしい!
ここに来られたのも歴史好きの太郎のおかげね。

次郎が退屈し始めたので、龍安寺石庭はあきらめ、
徒歩で北野天満宮へ向かう。

これも、地元人ふうの人に道を尋ねながら。
おかげで北野神社にも寄ることができ、

北野天満宮には、人の少ない北入口から入った。

3月も終わりだというのに、白梅紅梅入り乱れて咲き、
丹塗りの色によく映える。まさに「京の春」そのもの!

そういえば、学業成就の神様ではありませんかと、
参拝しようとしたら、荘厳な本殿には長蛇の列!!

あきらめて、太郎次郎に、本殿入口に鎮座している
牛さんの頭、身体をよくなでさせる。

ついでに私も弱ってきた頭、そして足や腰を。

南入口から出ると、ちょうどバスが来たところ。
路線図を確認する余裕もなく、

乗り込んで、運転手さんに、「二条城に行きますか?」と
尋ねると、「○○番のバスに乗ってください」とのこと。

急いで降りる。私ももう立派なおばさんである。
乗客のみなさん、ごめんなさい。

だって、バス案内所でもらった路線図は、
文字も数字も小さいんだもの。老眼の目には厳しい。

恥ずかしいと思ったのか、この頃から太郎が
バスの路線図をチェックしてくれるようになった。

頼れない親のもとでこそ、子は育つのだ。
次郎はまだまだだけど。

二条城では、狩野派の襖絵に心を奪われ、
豪華な天井や欄間に目を奪われる。

「贅を尽くした徳川ワールド」とガイドブックにあったが
まさにそのとおり!

大河ドラマ「江」を見ていた太郎は、熱心に見入っていたが、
そろそろ次郎が退屈し、「お腹がすいた」と言い始める。

天守閣跡に登り、敷地内にある、これまた見事に
咲いている梅林を散策し、近くのお店で軽くランチを。

そして、地図を見ながら徒歩で
京都御苑に向かったのだった。

次回に続く。
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京都3人旅 その1

それほど旅行に行きたいわけでもない太郎と次郎は、
朝食をゆるゆると終え、いつものようにのんびり。

しびれを切らした夫が主要駅まで車で送ってくれた。

チケットショップで安い切符を手に入れたりしていると
もう10時過ぎ。

「いつ着くの?」と次郎。こういうときには夫の作ってくれた
旅の「工程表」が役に立つ。「12時よ」。

さて、春休みの、日曜の、正午の京都駅ビルの飲食店は
さすがにどこも待ち人多数で、エレベーターも超満員。

疲れ果て、先に切符を買っておこうと訪れたバス案内所で
パン売り場を発見。お昼はパンで済ませることに。

だけど。わが街の店よりもかなり高めのパンを
いくつも買う太郎。パン代だけで1500円超?

食べ盛りの子どもと旅をすると、
思わぬところでお金が出ていくのだった。

街の喧騒にうんざりしていた太郎だが、四条通りなどは
マラソンでおなじみらしく、嬉しそうにバスの窓から眺め、

バスが市街地を抜け出すと、私もようやく旅気分に。
山の木立が美しい。

民宿に荷物を置いて、宿の女主人に車で
三千院の入り口まで送ってもらった。それぞれ傘を借りて。

そう。寒かった3月25日。大原には雪が降っていたのだ。

三千院への細い坂道の横には小さな川が流れ、
和風小物や漬物を商う店が並ぶ。のぞいて歩くのも楽しい。

三千院は、苔むした庭の美しいところ。
太郎も感じるところがあるようで、持参のカメラを向ける。

国宝の阿弥陀三尊像を拝むと、
とても落ち着いたありがたい気持ちになる。

何より庭園に点在する、わらべ地蔵の愛らしいこと!
帰り道にもまた拝顔。癒される~!

それでも、雪まじりの風は冷たく、
三千院のみの見学にして、宿に帰ることに。

帰りのこみちでは、往路に目をつけていた
黒檀製の箸を、自分用のおみやげに購入。

この箸がのちにたどる数奇な運命については
このときの私達には、知るよしもなかった。

バスに乗って、民宿へ。コタツもテレビもあり、
太郎と次郎は一気にくつろぎモードに突入。

でも、なんか寒いわーと思ったら、押入れの床板のわずかな
隙間から、地面が見え、冷風が吹き込む。寒いはずだわー。

廊下には、「どてら」が積んであって、着放題。
アバウトで、おおらかな宿だった。

宿の前にあった「道の駅」ふうの店で、山菜の天ぷらを見つけ
買って食べてみたいなと思っていたら、

同じものが宿の夕食に。だけど冷たいのでさびしかった。

ほたるイカの酢味噌和えも、小鉢に山盛り出たが、
太郎も次郎も酢味噌が苦手で、3人分の多くは私のお腹に。

こんなだから、旅に出ても体重が減ることはない。
あ、大原名物の味噌鍋は美味しかった。

夕食後、テレビの前に陣取る太郎と次郎。
いつもの夜と変わりゃしない。

どうにか21時には風呂に送り出し、
布団を並べたが、

夜中までテレビを見ていたい太郎と、
見てはいたいけど、もう眠い次郎。

年齢が離れているので、生活時間が違うのが
こういうときには困りモノ。

翌日のこともあるので、22時消灯。
ぶつくさ言っていた太郎が、実は一番に夢の中へ。

夜も雪が降っているなと思っていたら、
朝、うっすら積もっていてびっくり!

梅咲く庭に降り積もる雪に、京の風情を感じながら
朝食をいただき、バスで大原を出て、

いよいよ京の街に繰り出したのだった。
次回に続く。
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旅の「工程表」

23日(金)が終業式。この日の夜から、遅ればせながら
日曜月曜と出かける予定の京都について調べ始めた。

27日(火)には来年度の新体制メンバー発表。
役付きになる今回は、その後、慌しい日々が始まるので、

26日(月)のうちに休みを取り、出かけようと考えた次第。
日常を離れ、リフレッシュしておかないと夏まで持たない。

歴史好きの太郎に京都はいかがと宿探を検索。
義経が修行したといわれる鞍馬の宿は高いので、

大原にある安い民宿に決定。

夫ももちろん誘ったが、「月曜の夜から出張だから」と
断られた。

卒所式のあった24日(土)。1学期中、病院に行かなくて
すむよう、心療内科で先生に相談しながら薬をもらい、

帰りに本屋に寄り、ガイドブックをゲット。
「成美堂出版」のものが、シンプルでよさそう。

25日(日)の朝、荷物の準備を始めようと
早めに起きたら、

テーブルの私の席に、裏表印刷6枚綴りのA4の紙が
ホチキスでとめて置いてあった。置いたのはもちろん夫。

1ページ目は、「大原と鞍馬の両方行くって無謀?」
なんて質問していた私のために、

翌日鞍馬に行くことを想定した、
「想定スケジュール」2日分。

乗り換えや徒歩、散策、昼食時間も
きちんと計算に入れてある。

2ページ目には、私の街の主要駅から京都までの
時刻表、12本分。

ご丁寧に、どこゆきの列車なのかまで書いてある。
失礼ね。乗り間違えたりしないわよ。

着いたときに、翌日使う「市バス専用1日乗車券カード」を
購入しておくべきだと、バス案内所の地図が入っていて、

3ページ目には、大原へのバスの時刻表。
京都駅前のチケットセンターと乗り場の地図。

4ページ目には三千院、寂光院周辺の地図。

降りるバス停から三千院、寂光院への道のりが、
ピンク色のマーカーで塗られている。

宿は三千院から少し離れているので、5ページ目には再び
宿の最寄バス停までの運行表。

宿の情報がHPから引かれ、
バス停からどの方向に歩くかも書かれている。

6ページ目、大原から京都バス、叡山電鉄を乗り継いで
鞍馬まで行くことを想定した時刻表、所要時間、料金など。

行きたいと話していた「木の根道」(義経が修行したという)
への道のりと、所要時間。

「金閣寺と竜安寺にも行きたいわ」、と言っていたので、
鞍馬から金閣寺、竜安寺までの行き方。

どこにバス停があるのかも、地図入りで説明されていて、

鞍馬からきて降りたバス停「金閣寺道」と、
竜安寺に向かうバス停「金閣寺前」は違うので要注意と、

これまた地図に書き込み入りで記されている。

金閣寺から竜安寺へのバスの時刻表。

竜安寺に行かない場合を想定した、
金閣寺から京都駅までのバスの時刻表まで!

10ページ目には「あまり子ども向けではないかも」と
但し書きの着いた、竜安寺の情報と、

竜安寺から京都までのバスの時刻表。

最後の11ページ目には、「京都駅周辺で夕食をどうぞ」と
書かれ、

京都駅からわが街の主要駅までの時刻表。
15時台から20時台まで25本分。

すべて発着駅つき。ワードで入力されていて、

最後に「おつかまされでした」と書かれている。

うーん。我が夫ながら、これはすごいわー。

前夜にパソコンをのぞいたとき、「宝ヶ池」という文字を
見つけ、「もしや」とは思っていたけれど、

まさか、ここまでのものを作っていたとは。

親切心(あるいは老婆心ならぬ老翁心?)、自分が同行できない
後ろめたさ、若い頃の6年間を過ごした京都への思い、

バスの路線が複雑で、見どころをすべて回るには
結構広い京都への旅に、

ふらりと出かけようとしている、私への心配。
連れて行かれる子どもたちへの心配。

いろんな思いが、これを作らせたのだろう。

でもね、私はこれまで、行こうと思ったところに、行こうと
思った時間までに、たどり着けなかったことってないのよ。

学生時代、ライターのバイトをしていたとき、

京都信用金庫の支店や、ツインタワー着工前の松下興産、
大阪下町の入り組んだ路地裏の銭湯まで、

幅広く取材をしたけれど、行けなかったことはない。

一応私なりに調べていくし、困ったときは、
道ゆく人にどんどん尋ねてしまうから。

人一倍、照れ屋の夫には、それができないから、
すべて調べ上げて、情報を「持参」するのだろう。

表紙を改めて見ると、
〈京都の旅 工程表〉と書かれていて、

理系の夫らしいなと、笑えた。
「行程表」でしょ? やっぱり。

だけど、仕事の上では「工程表」を作ることの方が
だんぜん多いのよね。

この「工程表」と首っ引きで旅をすることはないだろうが、
何かと役立ってくれそうなので、

ありがたくガイドブックと一緒にカバンに入れ、
旅の準備を始めた、日曜日の朝だった。
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Hくん ありがとう

3月も終わりとなると、あわただしい日々が続く。

24日(土)は、太郎の通った、そして次郎の通う
学童保育所の卒所式があった。

卒所するのはHくんひとり。定員25名。市が存在を
認めない、こぢんまりとした学童保育所である。

間借りしていた幼稚園の建て直しに伴い、ある篤志家により
専用施設を建てていただいたのが、Hくん2年生のとき。

1年生のときにいた、同級生の女の子たちが退所して、
学年でひとりになったHくんは、

新しい施設完成のお祝いの会で、「2年生の出し物」として、
『ゲゲゲの鬼太郎』のテーマを、ピアノで片手で弾いた。

ひとりで。ゆっくりと。気負うでもなく、照れるでもなく。
「大物だわー」と思った思い出がある。

その後も、心も身体も大きいHくんは、
上級生にかわいがられ、下級生に慕われ、

ほんわかとした独特の存在感で、
保護者の気持ちをも、ほっこりまったり和ませてくれた。

子どもでも、ある意味で、「魂」が大人な子っていると思う。
Hくんはそんな子だった。先生もHくんを頼りにしていた。

6年生の1年間は、5年生の班長3人を従えた
「学童長」として、ゆるやかにみんなをまとめていた。

小学3年生の次郎とも、たくさん話をし、
いっぱい遊んでくれた。

そんなHくんの卒所式に、子どもたち、
保護者たちが集まり、お祝いをした。

スライドで見る低学年の頃のHくんは、大きいなりにも
やっぱり小さくていとおしかった。

先生たちも、感慨はひとしおのようで、

厚さ10センチほどの、とてもアルバムとは
思えない、6年分のアルバムを手渡した。

子どもたちは、それぞれ手作りのプレゼントを。
とても心温まる式だった。

Hくん。6年間、本当にありがとう。

4月から中学生になるHくんだが、
6歳違いの妹さんは小学1年生になる。

お迎えがてら、しょっちゅう遊びに来てくれるだろう。
いや、来てやってほしい、と思う。

話はずれるが、

今の職場に転勤してから、中学部・高等部と
6年間見てきた生徒たちを送り出した私は、

しばしの放心状態を経て、新年度の準備を始めたところ。

学校では、同じ子どもたちを
続けて担当できるとは限らないし、

ずっと持ち上がっても、やっと送り出したら、
またゼロからのスタートになる。

一度に大勢迎え入れ、一度に大勢を見送るのである。

それを思うと、「6年間見てきた子」を、毎年、少しずつ
送り出していける、学童保育所の先生たちの仕事は、

「心理的」には、とても「ぜいたく」な仕事かもしれない、
と思う。

もちろん、「経済的」には「ぜいたく」にはほど遠く、

市の補助を受けていないため、経営難で、今年度やっと
実現できた最低賃金保障も、来年度は実現困難かも。

先生たちの熱意と善意とによって、支えられ続けられて
いる、あたたかい学童保育所なのである。

市への要求行動、財政活動など、
来年度もがんばらなくては。
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会いたかったー

私よりもひどい症状で、「風邪」と診断された同僚は
お子さん2人もやはり同じひどい「風邪」で、

注射と点滴を受けたという。
多忙なその同僚は、2回目の注射と点滴を。

太郎も私は、ずっと咳がとまらない。寝苦しいほど。

やっぱり何でも、一度開き直って、
「しっかり休む」のが一番なのだろう。

昨日の朝、次郎としっかり抱き合い、
来てくれた母に任せて出発したのだが、

なんだかんだで、すっかり遅くなってしまった。
16時には太郎が帰宅。母には帰ってもらっていた。

次郎の熱は、昼から36℃台。B型にはインフルエンザ用の
薬はなかなか効かないとかで、漢方薬を服用中。

大急ぎで着替え、ご飯を作ろうとしていると、
次郎が私の顔を見て、にこにこにこにこしているので、

「熱が下がって、元気になってきたんやねー」と言うと、
「ちがう」と言う。

「ままの顔が見れて、嬉しいの」と、またにこにこ。

せつなくなり、思わず次郎をぎゅっと抱きしめる。
次年度の仕事への不安で、頭がいっぱいだった自分を猛省。

気持ちよさそうに抱かれている次郎の身体は、もう熱くは
なく、回復に向かっていることが肌で感じられる。

丸ごと感じられる、暖かいかたまり。
この実感を、忘れてはいけないね。

仕事に向かおうとするとき、家族の存在は、ときに
「妨げ」とすら、感じられてしまうこともあるけれど、

家族がいてくれて、否応なしに、気持ちをリセットさせて
くれるから、エネルギーもまたわいてくる。

家にいるときは、家のことだけ考えよう。
切り替えって、本当に大切。

私の気持ちがどこかに飛んでいるとき、太郎は時々、
私を呼び、ただ思い切りの笑顔を向けてくれる。

その笑顔は、私を「今」に呼び戻してくれる。

「にっこり!」と声をかけ、
私の笑顔を引き出してくれることもある。

夕べは、次郎のにこにこ笑顔が
私を呼び戻してくれた夜だった。
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インフルエンザだったのねー

日曜のお昼、37.3℃だった太郎。

それでも、『運命の人』最終回を、すべて観てから
そのあと宿題をして寝たらしい。

約束どおり、登校してもらった。だって、36.8℃。
月曜は、次郎も元気いっぱいだった。

さて、火曜の春分の日は、急に遠くに旅立つことになった
学童保育所の先輩、高1のKちゃんの送別会を、

我が家で催すことになっていた。

なのに、朝からまた太郎が38.3℃。次郎が37.3℃。

これはもしかして、
おうちに人を呼んでいる場合ではないのでは?

急きょ、会場をGさん宅に変更してもらい、私は作ることに
なっていた豚汁を大鍋に、カナッペ、肉料理も作り、

夫に車に乗せてもらって持参。
ついでにちょっと送別会に参加。

途中、夫からメール。
次郎の熱が38.3℃に上がり、太郎も38.0℃。

太郎は元気そうだが、次郎はぐったりで、
熱さましを飲ませたという。

またまた夫に迎えに来てもらって、鍋ごと帰宅。
夜には太郎の熱は下がり、普段とそう変わらぬ様子に。

だけど、次郎はコタツで横になったきり。

水曜の昨日は2人とも休ませて、太郎を私が内科へ、
夫が次郎を小児科へ、連れて行く手はずになっていたが、

月曜朝に続き、水曜の朝がた、またしても大量の汗を
かいていた太郎は、もう、35.9℃。昼には35.5℃。

すっきりさっぱりした顔で、「休ませてもらえてラッキー」と
言わんばかりの様子で、春の選抜の開会式を観ている。

次郎はやはりまだ38℃超。

次郎の受診を夫に頼み、出勤。まだ水面下で動かなくては
ならない状況だが、来年度に向けてすることがいっぱい。

夫が休める日でよかったわ。

お昼に夫からメール。
なんと次郎が、インフルエンザB型と診断されたというのだ。

ということは、太郎も? 私も?

うちの職場のうちの学年には、私達とほぼ同じ症状の人が
10人ほどいて、

うち1人と、別の1人の奥さんだけが、
インフルエンザB型と診断されていた。

私と同じころ、私よりも少し症状のひどかった同僚は、
検査の結果、インフルエンザでないことがわかっていたから

私もあえて、受診はしていなかったのだが・・・。
一番高いときでも、37℃と少しだったし。

そういえば、その同僚も、子どもに「風邪」をうつした
とかで、昨日休みを取っていたが、

子どもだけ、インフルエンザと診断されていたりして。

太郎の受診をどうしようかという話になったが、
今さらウィルスは検出されないだろうということになり、

家にいても元気いっぱいテレビ漬け。
次郎の回復にもさしつかえるので、

今朝からマスクをさせて登校させています。
インフルエンザだったら、ごめんなさい、みなさん。

次郎はまだ熱があるので、明日の終業式には間に合わず、
来週、学校に行って、通知表など受け取る予定。

24日夜の、学童保育所の卒所式への出席は微妙。

あれこれ考えていたら、電話が鳴った。

そうそう。23日の夕方、次郎の矯正歯科の予約を
していたんだわ。その確認の電話。

子どもが調子を崩すと、
「こんなときに限って」と思うけれど、

結局何だかいつでも「こんなときに限って」と
思っているような気もする。

今日は私の母が、お昼間少し来てくれる。
夕方には、部活に行かずに太郎が帰ってくる。

あとは夫と交替で休みを取って、乗り切ることにしましょう。

私はまだフラフラするが、もともとめまいがあるので、

これがインフルエンザの後遺症なのかどうかも、
もうわからないのである。
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夫の出張中、風邪に苦しむ

今回は「平常心」や「怒りのコントロール」からはほど遠い
内容です。あらかじめご了承ください。

水曜日。今日から夫が東京へ出張、と思いきや、

次郎を迎えに行って帰宅してみると夫の車がない。
会社に車を置いてそのまま出発? と思ったら、

夫、帰宅。「次郎を迎えに寄ろうかってメールしたのに
返事がないから…」とのたまうが、

勤務終了時間を大きく回ってからメールをもらってもねえ。
「そういうこと、朝のうちに言ってよね」と言うと、

「寄れそうかどうか、朝にはわからなかったんだ」と
言いつつ、結局、夫はあたふたと出かけて言った。

夫が迎えに寄ってくれたら、あとあと30分は
違ってきたのに、と時間貧乏性の私。

そう、この日はホワイトデー。

ありがたいことに毎年チョコをくれるYちゃん宅に、
夕食後3人でお返しを届け(留守だったのでドアノブに)、

「いかなご、また炊いたから取りに来て!」と
メールをくれていたGさん宅に寄り、

と、慣れない夜のドライブ。気づけば次郎の入浴時間。
夜に出かけたためか、このあとから寒気が…。

夫が新幹線から、「お弁当を食べて、今から寝ます。
おやすみなさい」とメールをくれていた。うらやましい。

木曜。干し物や風呂洗いなど、夫担当の家事も加わり、木金と
懇談会のため早帰りの太郎の昼食作りなど、バタバタの朝。

午後からいよいよ熱が上がってきたなと感じたが、
夕方から施設訪問の出張。帰りの車の中で、頭ふわふわ。

太郎を迎えにいったん戻り、次郎を迎えに行き、その足で、
くら寿司に行き、夕食をすませる。

帰りは、どの信号で曲がれば我が家へ着くのかわからないほど
頭がクラクラ。37度超の体温を確認して、コタツに潜る。

お風呂場に干していた洗濯物を、太郎次郎に片づけてもらい

葛根湯を飲み、次郎のことは太郎にまかせ、
何もかもほうったまま、私だけ先に20時前に就寝。

金曜。4時に起き、前日の太郎の昼食の洗い物から始める。
太郎。できること、しておいてよねー。

夜中に汗をたっぷりかき、熱は下がったと思うが、
やはりしんどい。でも、行かなければ。

この日は小中学部の卒業式。中学部から42人の生徒が
高等部に進学する。生徒たちの様子を見ておきたい。

この日も太郎の昼食を作り、スーツを着て、普段より
遠い駐車場に停めて、と、いつもより高いハードルを越え、

なんとか間に合って出勤。

ところが、会場の体育館が半端でなく冷えていた。終わるや
否や、職員室のストーブ周りが満員御礼になる寒さ。

卒業を祝う会終了を待ち、夕方から翌日の、
高等部入学説明会の会場設営など準備があったが、

もともと午後は、太郎の懇談会出席のため、
休みを取っていたので、帰宅。

またまたコタツに潜り込む。
ひと息ついたところで、太郎帰宅。

「行きたくないよー」を連発しながら、14時からの
懇談会のため、中学校の、これまた体育館へ。

防寒対策をしっかりして出席。
「学力について」の話のところで、意識を失っていた。

買い物に寄り、次郎のお迎え。朝に作っておいた豚汁と
ぶりの照り焼きなど、純和風の夕食。

この日も21時前、先に一人でベッドへ。

翌日土曜日は、高等部入学説明会で、いつもどおり出勤。
太郎は9時から部活。

6時20分ごろ、次郎が起きてきた、と思ったら、
「鼻血が出た」という。床に落ちた鼻血も拭きに行く。

ちょっと心配だが、2人を残して出発。

受付や説明会、行動観察は順調だったものの、
制服採寸や会計が長引き、片づけ終わると14時前。

買い物に寄り、帰宅して昼食。

ようやくコタツに潜ると、無言電話が鳴り、また潜っていると
宗教のセールスに、しつこくチャイムを鳴らされて、

落ち着かないうちに16時。

次郎にピアノの練習をさせ、もめながら、16時半の
レッスンに急がせ、ドアを開けた16時25分、

帰宅した夫が立っていた。疲れのあまり、言葉も出ず、

「おかえり」を言えたのは、
レッスンから戻ってきてからだった。

この日の夕食は、ゆで野菜に生野菜。そしてお鍋。

いかなごの新子を、夫に買いに行ってもらったら、
学童保育所で一緒のAさんに会ったそうで、

「奥様は何をしていらっしゃるの?」と聞かれたそうだが、
こういうことをしていたのよー。

人には、家の中のことは見えないものね。

夫からは、「おつかまされです」に始まり、
「今日も大変でしょうがよろしくお願いします」に終わる、

殊勝なメールを3度ほどもらったが、

途中に書かれているのは、夕食や朝食のメニューに、
ツインにランクアップしてもらった新宿のホテルのこと。

そして、休憩時間に行った、都庁の展望台からの眺めなど。

疲れていると、「そっちは気楽でいいよねー」と
ついひねくれた気持ちになるし、

熱のあった木曜にはとても返信できず、金曜の朝、
こちらの窮状を簡単に報告したが、それには返信はなく、

帰宅しても、「大丈夫?」という感じではまったくない夫に
「さもありなん」と思いつつ、

やるせなさを禁じえない私であった。

だからというわけではないが、昨日の日曜は
ゴロゴロとさせてもらった。

夫は出張中着ていたものの大洗濯に、昼食作りや洗い物に
忙しそうだったが、それくらいしてもらってもいいだろう。

半日をコタツで過ごすなんて、何年ぶりだろう。

コタツで過ごしていると、太郎が入ってきて、
熱を測らせると37.3℃。

しかし、楽しみにしていた、ドラマ『運命の人』の
最終回2時間SPを観てから寝る! と聞かない太郎。

「そんなの観るなら、明日熱があっても休ませないよ!」
と言いおいて、先に寝た私は、

気管支炎の症状は残るものの、
朝、いつもある眩暈感はなく、すっきり!

太郎は夜中、背中に大量の汗をかいていた。3時ごろ、
太郎の背中にいれてやるタオルを取りに下りると、

明るいリビングで、ソファでイヤホンをして、
つけっぱなしのテレビを前に眠っている夫。

ああ、この風景も久しぶりだわね。

さて、今日、太郎は登校できるのか?
今週も波乱含みの幕開けである。
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助け合うって 難しい

今月の夫の東京出張は、今週に集中していて、
まず月曜日。8時過ぎ出発で21時半過ぎ帰宅。

唯一出勤の火曜日の昨日も、ほぼ同じ時間に帰宅。
出張すると、仕事がたまってくるものね。

今朝起きてくると、大きな旅行カバンがあった。
そう。今日水曜日から土曜日まで3泊4日の東京出張。

私も木曜は午後から出張で、金曜は小中学部の卒業式。

土曜は普段はお休みだけど、よりによって今週の土曜は
高等部入学生の説明会。

生徒たちの行動観察のリーダーになっているので、
金曜の午後も準備が残っているだろうけれど、

太郎の中学校で、懇談会がある。出席、どうしよう。

懇談会の影響で、中学生は木曜金曜と早帰り。
太郎のお昼も用意していかなくては。

なあんて、あれこれ気をもむのは残される私だけ。

「お父さん、忙しくて大変ね」とよく言われるが、

「私も心おきなく、3泊4日の出張、してみたあい!」と
思う私である。

しかし、土曜にかかる出張は、やめてほしいわ。

うちの職場の忘年会のある金曜は、毎年なぜか夫の泊まりの
出張と重なって、参加できないし。

なあんて、芋づる式にあれこれ思い出してしまう。

仕事を持つ夫婦。「忙しいときには互いに助け合って」と
よく言われるが、

助け合うって難しい。
忙しいときって、なぜか不思議と重なるものなのよね。
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お風呂でキッチンタイマー

洗面台の横に、ビニール袋の中に入った
キッチンタイマーを見つけたときは驚いた。

なんでこんなところに? こんな姿で?

夫が、湯船でのうたた寝防止に使っていると、
何日か経って聞き、合点がいった。

夫はいつでもどこでも眠れる人である。それだけひどい
慢性の睡眠不足状態、ということなのだが。

眠ってしまうタイミングはいくつもある。

まず夕食でお腹がくちくなったあと。ダイニングの椅子に
もたれて目をとじ、口を開けて、そのまま夢の中へ。

夜中にひと仕事終え、録画した番組を見ようと、
ソファに座ったとたん、ということも多いらしい。

運よく番組を見始めても、もちろん途中で何度も
睡魔に襲われる。この現場は何度もおさえている。

そして、湯船につかったとたん。1時間も2時間も
はいっていると、風邪を引くから要注意である。

このごろは、夜中まで起きている太郎との接触を避けるため
自衛的にひとまず自室のベッドで仮眠を取ることもあるが、

どこかで眠ったらそれで終わり、というわけではない。
2つ以上のポイントで引っかかることもある。

一度すっかり生活リズムをリセットしたらいいのに、
と思うのだが。

自分の自由に使える時間が惜しくてならない様子で、
いつもいつも睡眠不足である。仕事も忙しいしね。

で、キッチンタイマーの効果であるが、

使った形跡のあった日、キッチンタイマーが
役に立ったかどうか、確認したことがある。

かぶりを振った夫はこう言った。

「スイッチを入れる前に眠ってしまってたんだ」

・・・・・。こうなると、もう打つ手はない。
しばらく開き直って、たっぷり眠るといいのにね。

時間的にも貧乏性の夫には、それはできないようで、
いつもいつも情報を追いかけている。

私ももう、夫を変えようと考えるのはあきらめ、
「昨日は、いつ、どこで寝たの?」と尋ねる毎日。

「せめて、朝の5時までには寝てね」という
ささやかな願いも、なかなか叶えてもらえず、

今朝も、私の目覚ましが鳴った4時半。
夫がお風呂を使う音が響いてきた。

あーあ。

今月は特別忙しいようで、前泊も含めると
東京滞在が計8日間。

新幹線の中でもきっと、舟をこいでいるに違いない。でも
どんな形にせよ、睡眠時間を補給してくれると嬉しいわ。

ここしばらく使われていない様子のキッチンタイマーは、
申し訳なさそうに、ちんまりと脱衣かごの中に鎮座している。
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あれから1年

休日も、子どもたちとは(特に太郎とは)ちょっと距離を
おいて、相変らず自分のペースで過ごしている夫だが、

昨日は珍しく朝食後に宣言した。「お昼ご飯が終わったら、
みんなで震災の番組を見るからね」と。

「見ようね」ではないところが夫らしいが、

「急に言いだすのはやめてね。子どもたちには心の準備が
大切なのよ」と言う私の助言を聞き入れてのことらしい。

「え~! そんなん、ニュースでいっぱい見たやん」と太郎。
「今までにはない切り口の映像なんだよ」と夫。

当日、被災者が撮った映像を中心に編集した
NHKスペシャルについては、私も興味があったから、

「まあ、ええやん。めずらしくお父さんが一緒に見ようって
言うてるんやから」と太郎次郎をなだめた。

さて、先に昼食を終えた太郎次郎がゲームを始めようとした
とたん、夫が「震災の番組を見るんだっ!」とさえぎった。

前日に新しいソフトを買っったばかりで、
やる気満々だった太郎は、

「え~!これ終わってからでええやん!」言い返し、
夫もめずらしく感情的に何ごとか怒鳴り、叫び返し、

リモコンを取り上げる形になった夫は、
「震災があった時間までに見終えたいんや!」と言った。

「どんなことがあったか、しっかり見ていてほしいんだ」
とも。

へそを曲げた太郎は2階へ。

あんなに突然怒鳴られたらねえ。
反発する太郎の気持ちもわかる。

朝の段階で、「お昼ご飯のあと」ではなく、
「お昼ご飯が終わったらすぐ」と言い、

「震災のあった時間までには見終えていたい」と
言っていれば、太郎も一緒に見られたはずなのだ。

だけど、夫にすれば、「お昼ご飯のあと」と
「お昼ご飯が終わったらすぐ」とは同じことで、

震災が起こった時間には見終えられるはずと
思っていたのだろう。

2階に逃げそびれた次郎と3人で鑑賞。

前半は地震の映像の連続。後半は津波の。
多くは、被災者の叫び声も一緒に収録されている。

急に割れ始める道路、人に迫る津波。
1時間の番組は長くて、映像は生々しくて、

次郎も途中で2階に上がり、私も途中、つらくなり、
洗い物をしながらの鑑賞になった。

太郎が見ていたとしてもきっと、途中で席を
立ったに違いない。感受性の強いヤツなのだ。

確かに1年前、このような信じられないことが起き、
多くの命が失われ、多くの人が苦しみ続けている。

その事実から、目を背けてはいけない。
直接私たちにできることは少ないけれど。

番組が終わる頃を見計らって降りてきて、
ゲームを始めた太郎次郎の背中を見ながら、

ラジオに合わせ、夫と2人、キッチンで黙祷した。

夫よ、大丈夫。太郎も、本当はきっとわかっていて、
いろんなことを考えているわよ。

震災直後に中学生になり、ひとり家で過ごす時間が
増えた太郎は、ニュースも欠かさずチェックして、

政治家の発言に、怒りをぶつけたりもしているのだから。
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「もう、怒らない」

昨日ご紹介した「『しつこい怒り』が消えてなくなる本」
(石原加受子著 すばる舎)と時を同じくして、

予約していたこの本が、図書館に届いた。
小池龍之介著『もう、怒らない』(幻冬舎)。

並んだ2冊の表紙を見たときには、
「私ってどんだけ怒ってんねん」と思った。

みーんな穏やかに楽しそうに暮らしているのに、私の胸の
中にうずまく怒りは何? と思い続けてきたのだろう。

なんて、人ごとのように思った。

前にご紹介した『平常心のレッスン』の著者でもある
小池さんは、ご存知のように僧侶であるから、

仏道的な心構えを持ちながら、厳密に心を観察し続け、
洞察することを説いてくれる。

もくじから小見出しをいくつかご紹介すると、

・「自分にご褒美をあげる」のは逆効果

・食べ過ぎたくないのに食べ過ぎてしまう心理

・使えば使うほど増幅する、怒りのエネルギー

・抑圧でも発散でもない、怒りの鎮め方

・他人の怒りから身を守る方法

・「空」の境地を味わうためのレッスン

・場の空気を乱しつつ風通しをよくする法

次郎の買い物に付き合って本屋に行った私は、この本の
魅力的なもくじを見て、珍しく衝動買いしてしまった。

図書館で予約していたことをすっかり忘れて。
だから、現在、我が家にはこの本が2冊ある。

読んだのは字の大きい図書館のほう。
老眼、進んでるわー。

この本を読んで、自分の中に怒りがわきあがる瞬間を
察知し、モニタリングできるようになったし、

目の前の事実ではなく、それを見て自分が脳内で
作り上げたストーリーに苦しめられていることも、

しっかり自覚できるようになった。

今やっていることと、頭の中で考えていることが
ついついバラバラになってしまうのも、よくわかり、

例えば、具合の悪い次郎を寝かしつけているときには、
今日あったことや、次の日の仕事のことなどを考えず、

次郎の背中をさする手のひらを、意識するようにしている。
そうすると、次郎への愛しさを実感できる。

仏道では、過去はもうこの世に存在しないもの。
あるのは今のこの瞬間だけ。

五感を研ぎ澄まし、この本によく出てくる、「心が脳内に
引きこもった状態」から自分を解放してやりたいと思う。

だけど。

太郎。どうしてものを頼むと即座に「いやや」というの?

次郎。お迎え要請があって保健室にかけつけたのに、
なんですぐ布団から出て「もう治った~」と遊んでいるの?

夫よ。風邪気味だと言いつつ、今朝もどうして5時まで
起きていたの? またソファでうたた寝していたのね?

怒りの「地雷」は、そこここに埋まっている。

やっぱり出家しないといけないかしら。
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「しつこい怒り」が消えてなくなる本

すばる舎から出ているこの本を読んで、
目からウロコがぽろぽろと落ちた。

著者は石原加受子さん。心理相談研究所オールイズワンの
代表で、「自分中心心理学」を提唱している。

「自分中心心理学」。ずいぶんと勝手な考え方なのでは?
と思われるけれど、さにあらず。

ちょっとした傷つき、悔しさ、腹立ち。そういったものが
積み重なっていったものが、「しつこい怒り」。

これは、その時々で、自分の本当の気持ちを大切にして
こなかった歴史でもある、と著者は考える。

そのままの自分を大切にしてもらえなかった子ども時代が
しつこい怒りのもとである場合も多いようだ。

慢性的な怒りを抱えている人は、
相手に100パーセントの満足を要求してしまう。

それは、その人が、自分の満足よりも相手(多くは親)の
ために必死にがんばってきて、

それを今度は人に要求するようになっているのだ、
と、著者はいう。

だけど、満足感というものは、
人から与えてもらうものではない。

いやな気持ちになったとき、多くの人が、「笑顔」という
仮面をつけて、その場をやりすごそうとするけれど、

自分の気持ちをごまかすクセがつくと、
怒りはどんどんたまっていく。

いわゆる「ストレス解消」は気分転換にはなるけれど、

「今の自分」を大切にできなければ、
根本的には何も変わらない、というのだ。

たとえば、道を譲ってほしいとき。

「どけ! どけ! 邪魔だ」というのは、他者中心の考え。

「相手が行く手を阻んでいる」と考え、
相手のほうにばかり意識が向いているから。

自分中心の考えの人は、「先を急ぐ自分」に意識が向くので、
「急ぎますので、お先に失礼」と言うことができる。

食事中、後輩に仕事内容のチェックを頼まれたとき、

「えー! 何よ。食事中。見ればわかるでしょ?」と思いつつ
ついつい応じてしまうのが「他者中心」の人。

「今食事中なので、20分後に行くわね」と言えるのが
「自分中心」の人。

自分の気持ち、感情、「~したい」「~したくない」という
欲求に気づき、

自分の「好き嫌い、快不快」といった感情を基本にし、

相手よりも、自分の意志を優先し、

自分の気持ちを基準にして「断る、引き受ける」を
心から認める。

これが、「自分中心」で快適に生きる極意だと言える。

これができるようになると他の人の「自分」も
大切にできるようになり、思いやり合うことができる。

私はここ数カ月、ある人への思いに
悩まされ続けてきたが、

それは、「他者中心」にしか生きてこられなかった私の、
超「自分中心」なその人への嫉妬・怒りの感情だったのだ。

この本を読んで、そのことに気づくことができ、
その人への気持ちも大きく変わった。

そういう意味でも、この本にはとても感謝している。
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春色のクリームシチュー

うすいえんどう(実えんどう)の出回る季節になると、
2人暮らしのときは、よく豆ご飯を炊いていたものだが、

子どもたちは、あまり好きではない。

独特の香りがイヤなよう。これがいいんだけどね。

というわけで、我が家では、豆はもっぱら
ハヤシライスやシチューに入れる。カレーにも。

普段、料理にグリーンピースがほしいときは、
缶詰や水煮を使うしかないが、

この季節のむきたてはやっぱり、とっても美味しい!

小さいころは、皮をむくのを楽しみながら
手伝ってくれていた子どもたちだけど、

今は孤独な作業になってしまった。
たいていは、明け方にひとりで作るし。

でも、春に触れながらの単純作業もまたいいものだ。

さて、我が家のクリームシチューは、
「炒めないカレー」同様、野菜は炒めない。

大鍋に、底から5センチほどの深さまで水を入れ、
火にかけた中に、

玉ねぎ、にんじん、と、皮をむいて切っては入れていく。

にんじんは、皮をむかないほうがしっかり栄養を取れると
聞くが、皮が口に残るのをみんなが嫌がるのでしかたなく。

このあと、冬なら白菜、秋や春なら
キャベツも投入するのが花子流。

ここで、むいた豆も入れてしまう。
気前よく一袋分、ごろごろと。

白菜やキャベツ、豆は、最後に入れた方が
色がきれいなのかもしれないけれど。

メークイーンは大きめに切り、水にさらして入れる。
煮崩れたじゃがいもは、あまり好きではないから。

昔はルーから作り、隠し味に薄口しょう油を入れたものだが
今はハウスの「北海道クリームシチュー」のルーを愛用。

鍋がひと煮立ちしたら、煮込まずすぐルーを入れ、
野菜だけのシチューをまず作ってしまう。

鶏の角切りは、面倒でも、塩コショウして小麦粉をまぶし、
表面をこんがり焼いて、酒かワインで蒸し煮にして、

できあがった野菜シチューの鍋に投入すると、
旨みが逃げず、やわらかくて美味しい。

すると、もう春色のクリームシチューのできあがり。

あとは火をとめて余熱調理。
夜にはよく煮えたのがいただける。

クリーム色に、にんじん色、春キャベツや実えんどうの
黄緑が映えて美しい。

忙しい時期は、こんな料理を2日分作ったりして
乗り切った。

シチューを作った2月27日、Gさんからメールをいただき
次郎の迎えのついでにご自宅に寄り、

手作りの「いかなごのくぎ煮」をいただいた。
この日がいかななご漁の解禁日だったのだ。

嬉しい! 太郎も次郎も大好物。今も毎日
少しずつ、ご飯にのせた「春」を味わっている。

この時期、スーパーには、ボイルした
いかなごの新子も出回る。

調理の必要がなく、小鉢物として重宝。
カルシウムもたっぷりとれるので、

普段の週日、あまり買い物に出かけない私も
せっせとマルアイに通っている。

この地方に生まれてよかったわ。

夫は、実えんどうをだしで煮て、
卵でとじるのが好物。

こちらも、この季節のうちに、
一度は作ってあげなくてはね。
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卒業式が終わりました

3月2日(金)。雨。無事、卒業式が終わりました。

少し早めに行きたかったのに、
家族はいつもののんびりペース。

2月に買ったスーツのタグを取り、
パールを身につけ、コサージュをつけて…。

いつもどおりの時間になってしまった。

打ち合わせのあと、教室に行き、
もう1人の担任に生徒たちのコサージュをまかせ、

答辞を読む2人と、体育館で練習。と思ったら、
もうすでに保護者のみなさんが席を取られていて、

体育館近くの会議室で、最後の練習。

後半、「お母さん、お父さん…」と呼びかけるところで、
女生徒Mが号泣を始める。もらい泣きする男子生徒S。

職員室にティッシュを取りに戻り、

「終わってから泣きなさい」

「これまで1カ月以上練習してきたんでしょ?
それをムダにしてもいいの?」

「卒業生の代表として、ひとつひとつの言葉を
すべて伝える義務があるのよ」

激励してひととおり読ませると、もう集合の時間。

緊張しないおまじないを2人に伝授し、入場。

クラスで一番心配だったYくんは、背後に並ぶ大勢の保護者
に圧倒された様子。終始猫背で、後ろを振り返っていたが、

みんな立派に卒業証書を受け取った。
名前を読みあげる私もつい笑顔になった。感無量。

答辞は素晴らしかった。言いにくくて何度も何度も
練習した言葉も、ゆっくりと丁寧に言えていて、

これまでの練習風景が何度も頭をよぎり、涙が出た。

女生徒Mは、朝の練習と同じところでつまったが、
嗚咽を飲み込みながら、最後まで務めを果たした。

男子生徒Sの声は、朗々と響き渡り、

多くは彼自身が考えた文章の内容も、
聞き入る人の胸に響いた、と思う。

別れの歌『絆』も、何度かペースを崩しかけたものの、
なんとか踏みとどまり、

拍手に見送られ、堂々の退場。

Mを中心に、肩を組んで泣く女生徒たち。
鼻水を出して号泣する男子生徒も。

感情を表に出さない自閉症のNくんも
顔を真っ赤にいて、少―し泣いていた。

あとで、お母さんと2人、
驚きながら喜び合った。

記念写真のあとは最後のHR。

その前に、保護者から要望のあった、
お別れ会の発表とダンスのDVDを見ていただいた。

ひとつひとつの小さな達成感や、
「楽しかった~!」という思いが、

これからの生徒たちの人生の支えになると信じたい。

午後はPTA主催の「卒業生を送る会」があって、
保護者のみなさんともあれこれお話をして、

お開きになり、やれやれと思ったら、まあ大変!
Yくんがカバンを忘れて帰っている!

ジャージに着替え、送る会会場の片づけをして、帰りに
Yくん宅にカバンを届け、自宅へ。太郎の帰宅はまだ。

静かな空気の中で、いただいたお花を水切りし、花瓶に
活けていくとようやく頭がゆるんでいくのがわかった。

なんだかとっても疲れたわあ。
久しぶりに頭を空っぽにして過ごせた週末だった。

もっと涙、涙になるかと思ったけれど、
「今の私にやれるだけのことはすべてやった」と思えて、

晴れ晴れとした気持ちだった。数年後、「できることはもっと
たくさんあった」と気づかされるのかもしれないが。

土曜の夜、不意にいろんな思い出が頭をよぎり、
「みんな来週からもう来ないんだぁ」と思った瞬間、

トイレの中で涙がとまらなくなったけど。

さて、今週からは、まとめの書類の仕上げや、生徒たちの
行き先への訪問、入学に向けての事務などが始まる。

教室に行かない毎日はつまらないけれど、

少しゆっくりペースで、また歩き出そうと思う。
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練習、練習の日々 最終回

卒業に向けての「練習」といえば、やっぱりなんといっても
卒業証書授与式の練習。

生徒たちの性格や相性を考えて
座席や証書受け取りの順番を決め、

あとはクラスでも、入場から退場まで、練習、練習!

入場のときには、ほどよい間隔(これが難しい!)をあけ、
ゆったりと、胸を張って歩かなければならないし、

クラスで最後に入場した生徒の号令に合わせて、
揃って「礼」をしなければならない。

号令をかける生徒は焦りがちで、「気をつけ」と「礼」を
続けざまに言ってしまうし、声も小さいので、

これまた、号令の練習、練習。

先導した私が、来賓席に会釈をし、
向きを変えたタイミングで生徒たちは、そろって着席。

その間、他のことを考えてしまい、座り損ねる生徒もいる
ので、これまた練習、練習。

その後、「起立」と「着席」を繰り返すのが卒業式というもの。

よく聞かずに「在校生 起立」で立ってしまいはしないかと
いつもドキドキ。

前のクラスの「△△くん」のあとの「○○くん」が
呼名されたら、クラス全員、一斉に起立。

これも、隣の生徒が立つ気配で、慌てて立つ生徒あり。

朝のHRで、「△△くん」、「○○くん」と呼びながら、
起立の練習。

もちろん立つだけではなく、向きを変え、舞台の下に、決め
られた順番に静かに並ばなければならない。これも練習。

ここからが本番。前の人が呼名されるのを待って舞台に
あがり、客席を向いて、静かに起立。

呼名されたら、「はい」と大きな声で答え、演台の前の床に
白いビニールテープで印された×のところでとまり、

一礼して、一歩前へ。

校長先生が証書を読み終わり、証書を渡してくれたら、
まず左手で、ついで右手も出して受け取り、一歩後ろへ。

左手首を返して証書を抱え、気をつけの姿勢。
一礼して舞台を降りる。

もちろん、これは原則。
手順どおりにできない生徒も大勢いる。

だけど、クラスでの毎日の練習に加え、十数回、
体育館で練習するうちに、みんな様子が飲み込めてきて、

何をどうすればいいのか、どこに行けばいいのか、わからな
かった生徒も、流れに沿って動けるようになってくる。

うちのクラスの生徒の大半は、だいたいの動きができるので
こまかなところの仕上げに入っている。

「はい」という返事。そのときの視線、姿勢。

きれいなお辞儀の仕方。礼の前後でしっかりとまり、
校長先生と視線を合わせること。

受け取った証書をもてあまし、左ひじを
曲げてしまう生徒がいるので、

手首を返してひじを伸ばし、きれいな「気をつけ」の
姿勢を取ることも、教室で繰り返し繰り返し練習。

正しく受け取れる生徒が、日に日に増えてきている。

気をつけの姿勢にきちんと戻ってから、向きを変えること。
あわてずに階段を降り、ゆっくりと席に戻ること。

こうして整理してみると、いくつものポイントがある。

正しい証書の受け取り方をすること自体が目的、
というわけではない。

だけど、きちんと手順を踏んで、ひとつひとつの動きが
できると、生徒自身、気持ちがいい様子で、

私たちも、ほめることが増えて嬉しい。

言われたことの、ひとつひとつに気を配りながら、
流れに沿って動けるようになることそのものが、

これからの人生への自信につながっていく。
なんて言えば、言いすぎだろうか。

気がかりなのは、「答辞」。そして、別れの歌『絆』。

どちらも、どんどんスピードアップしてしまうことが
あるので、本番までちょっと心配。

そして退場。前のクラスの最後尾が横を通り過ぎる頃を
見計らい、入場のときとは別の生徒が「起立」「礼」と号令。

これももちろん何度も練習。

約3週間続いた、こんな「練習、練習の日々」も
今日をいれてあと2日。

いよいよあさってが卒業式!

練習中もついつい涙目になってしまう私。当日は、
タオル地のハンカチを、忘れずに持参しようと思う。
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職場は動物園?

2月17日付の朝日新聞夕刊に、「職場の若いコ、
少しはオトナになって!」と題する記事があった。

会議中もケータイをいじっていたり、すぐ辞めたり、
同世代同士ですぐにトラブったり。

そんな後輩との付き合い方として、心理カウンセラーの
浮世満理子さんがアドバイスをしていた。

「こうした方がいい」と、言うだけは言ってみる。

今まで教えてもらったことがないから、知らないから、と
いう理由で、非常識な行動をとることもあるというのだ。

そして、究極のアドバイス。

「職場は動物園。カワイイのもいれば、突然フンを投げる
のもいる。『特性』をみて、つきあう距離を決めましょう」

いやあ。ここまで言っちゃって、この人、大丈夫なのかしら
とも思ったが、笑って納得できる内容でもある。

これは、若い人との付き合い方にとどまらない。先日私も
定年まであと1年の男性に、フンを投げつけられたばかり。

やたら人の多いうちの職場は、さしずめ大きな動物園。
珍種や奇種もたくさん!

だけど、忘れてはいけないのは、自分も動物園の観客では
なく、動物の一種にすぎない、ということだ。

「仕事は忙しいけど、人間関係のストレスはないの」と
おっしゃる、学童保育所のお母さん仲間のS山さんだが、

よほど周囲の人に恵まれている、というよりは、
S山さんの人間性が、他を超越しているのだと思う。

「昨日(土曜)も仕事で、帰りは最終電車でした」
「起きられなくて、洗濯物は干せずに出てきました」

これはS山さんからのメールの文面。こんなに多忙なのに、

日曜の朝、地域の学童保育所の運動会の受付を引き受けた
S山さん。次郎が喘息のため欠席することをメールすると、

心のこもったお見舞いの言葉と、私の多忙さを気遣う
丁寧な返信をくれた。

私の多忙さなんて、毎日の通勤に2時間かけるS山さんに
比べれば何でもないわ、と恥ずかしくなる。

「まあ気分転換に楽しんできます。お大事に」と、おおらかな
メールをくれるS山さんを、私は心から尊敬している。

S山さんの職場も、そこそこの「動物園」なのかもしれない
けれど、

S山さんの周りには、透明なバリアがはってあって、
投げつけられたフンも、はじきとばしてしまうのかもね。
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